ツツジの徳仙丈山 ~人ものがたり~

おすすめ 2019/04/26

約50万本のツツジに覆われる徳仙丈山。圧倒的なスケールで咲き誇る、日本屈指の名所。ツツジの回廊をくぐり抜け、山頂から眺めを見渡せば、遠くリアス式海岸の美しい景観と、眼下の燃え立つように山全体を彩るツツジとのコントラスト。ふと足を止めて眺めていたくなる風景がそこかしこにあります。

深紅に染まる美しい風景。実は、この背景には、ツツジに魅了され、守り・伝えてきた地域の人々の熱い想いがあるのです。

徳仙丈山のツツジが注目されるまで

当時、見向きもされなかった自生のツツジ

見事に咲く徳仙丈山のツツジ。このツツジ、実はほとんどすべてが自生のもの。登山口にある一部のツツジが移植されたものであるほかは、すべて自然に生えた自生のツツジなのです。

もともとこの地方の山林には下草として山ツツジが自生しています。徳仙丈山もその例にもれず山ツツジが多く自生していました。
「日本一のツツジの山」とも「日本最大級のツツジの群生地」とも言われる徳仙丈山ですが、50年ほど前はツツジの株も小さく、地元でさえもあまり注目されることはありませんでした。

徳仙丈山には大正初期から昭和25年まで銅を採掘した「徳仙鉱山」があり、鉱山での火入れや山火事などで燃えた跡は屋根葺きの材料である萱の萱刈場や牧草地として利用されていました。現在登山道として使われている道の一部は「火防線」として明治に造られたものです。

ツツジに魅了され、保護活動を始める人の出現

そんな鉱山跡や萱刈場、牧草地であった徳仙丈山。ここが「日本最大級のつつじの名所」と呼ばれるに至るには徳仙丈一帯の土壌は「黒野牧」とよばれるヤマツツジの成長に適した土であったことに加え、同時期に活動した先人二人の「ツツジを守りり、伝えていきたいという」熱い想いと、それに共感した地域の人々の地道な保護活動があります。

愛情込めて育てる撫育。命がけの保護活動

つつじ山の梅吉つぁんと須藤隆氏

昭和51年、気仙沼市議だった故・佐々木梅吉氏は、山に咲くツツジに魅了され、仲間とともに下草やツツジに絡まるツタを刈る活動を始めました。

ツツジの下を這い潜ってツタ切りをしていた時、熊と間違えられて、あわや猟銃の的となる危うい時もあったとか。まさに命がけの活動です。

そんな熱心な保護活動の姿を見ていた周りの人からは〝つつじ山の梅吉つぁん〟と呼ばれていたそうです。〝つつじ山の梅吉つぁん〟は有志による「徳仙丈の自然とつつじを守る会」を結成。自然保護活動を行い、その遺志は現在でも「徳仙丈山のツツジ群生地の保護・育成を支援する会」に引き継がれ、今でも継続した活動が行われています。

同時期、当時の本吉町議だった故・須藤隆氏も「本町の貴重な財産であるつつじの保護」を議会に求め、ツツジの魅力と山の整備を町に訴えながら、自ら草を刈り、ツツジの育成に適した環境づくりを行いました。
昭和56年からツツジの保護活動が町の事業として開始され、「本吉町徳仙丈山つつじ保存会」を結成。現在も保護事業を行っています。

活動は現在も続けられる

こんなふうに、50万本ともいわれる徳仙丈山のツツジは、同時期に活動した二人の先人に代表される本吉側、気仙沼側双方の地域のみなさんにより文字通り撫でるように慈しみ育てられ,日本屈指と呼ばれるほどに成長していったのです。