気仙沼スポーツツーリズム

地元「大島」の愛する自然。小野寺隆太さんがSUPで見せたい“本当の海”とは

連続テレビ小説『おかえりモネ』の舞台としても注目を浴びる、気仙沼の「大島」を舞台にStand Up Paddleboard(以下、SUP(サップ))というニュースポーツの普及に努める方がいます。

「Oshima Paddle Club」の代表・小野寺隆太さんです。
隆太さんは、緑の真珠と謳われる大島に生まれ、豊かな自然が織りなすのどかな漁村風景を愛しながらこの島で育ちました。隆太さんの少し訛り混じりで穏やかな話し方からは、なんだか島のゆったりとした空気感が感じられます。

“ごちゃごちゃしてない、静かでのんびりできるのが大島らしさ。
その静かな海を守りたい気持ちがあって。”

この思いをSUPに託したのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。

震災があって、多くの人が海に近づくことがなくなったんですね。
でも僕は、震災前はサーフィンをやっていたので、海を見るだけではなく肌で感じていて、海との関わりがたくさんありました。そして、気仙沼は海と暮らすまちなので、どうにかまた海と触れ合うきっかけをつくりたいと思ってSUPを始めました。

そう、隆太さんがSUPを通して伝えたいのは、大島の美しい海。
そのために隆太さんが取り組んできたことを振り返りながら、大島ならではのSUPの魅力をお伝えできたらと思います。

[text&photo:平田和佳]

海と生きるまちで、また海と生きれるように

養殖いかだがいっぱいあって、松林があるのが当たり前だったんです。それが震災でパンっと何もかも無くなってしまって。海が丸見えになったんですよ。堤防も壊れて。人工物ってあっけないなぁとか思いましたね。

津波による被害だけではなく、流れ出した重油によって火災が起こり、大規模な山火事の被害もあった大島。隆太さんの大好きだった海や自然が一瞬にして姿を変えました。

その時に海の見え方が変わって。海がすごく近く感じたんです。

何もなくなった海にイルカが泳いでいるのをみて、感じたものがたくさんありました。

その時の気持ちは、なかなか言葉では言い表せないですけれど。

言葉にならない思いが巡る中で、隆太さんが確かに感じたことは「美しい大島の自然を守るために、人間が自然にどのように合わせていくか」ということでした。


大島でSUPをはじめた頃の様子(画像提供:小野寺隆太)

隆太さんは一度ついてしまった海への恐怖を拭うことから、まずはじめていくことを決意し、その方法として選んだのが、子どもからお年寄りまで誰もが楽しめるSUPでした。

やっぱり押し付けることはできないので、まずは自分がSUPをやっているところを見せてあれなんだ?って興味を持ってもらうことからはじめました。その姿を見て気になった地元の人から「なんていうスポーツですか?」「やってみたい!」っていう声がだんだん増えていって、SUPというスポーツを知ってもらいました。

自分と仲間だけからはじめたSUPは徐々に浸透していき、ついに隆太さん一人で教えられる人数を超えました。

そこからはインストラクターの育成にも取り組み、地元の方を対象としたSUPの体験会の開催ができるまでに漕ぎ着けました。

回を重ねるうちに、地元の人だけではなく、ボランティアだった方達や市外の方も参加するようになり、いつしかSUPが大島の「観光」の一つとして定着していくこととなっていきます。

海から見える景色も美しく


海側から見た大島の景色(画像提供:小野寺隆太)

震災で何もかもなくなってしまった大島の海を再び美しいと感じてもらうために、隆太さんはSUPの普及だけではなく「海岸づくり」にも尽力します。

自分はSUPのきっかけづくりと並行しながら「大島の自然を守る会」を立ち上げて活動していました。実際に自分たちが海を使っているSUPを事例にして、イベントをするたびに集客人数や海に訪れる人の駐車場やアクセスについてもを記録ました。その記録をもとにこれだけの人がこういう風に使っているから、防潮堤はこうつくってほしいと提案し続けました。

今、大島の防潮堤は砂浜の背後は覆土され、木々を植えることで島の景観を守った防潮堤となっていて、自然を守りながら未来の使い手が使いやすいような海岸の復興をしました。

さらには、小田の浜は今ではシャワーやトイレはもちろんマリンスポーツを楽しむ方が使いやすいように浜にスロープが設けられています。

結局防潮堤もそうなんだけど海岸をどう作るかによって、島から海を見る景色はもちろん、海から島を見る景色も全然違うんですよね。

確かにSUPから見る景色は海の上からです。その景色も含めて復興を考え続けていただことに驚きが隠せません。

あと砂浜って、使う人がいればいるほど綺麗になるんですよ。

それは使い手が増えるということは、その浜を大切に思ってくれる人が増えるということで、つまり浜を綺麗にしてくれる人が増えるんです。

だからSUPがスポーツツーリズムになって、SUPをやる人が増えることは、ビーチが年中通してどんどん綺麗になるということでもあると思うんです。

浜を美しくなるために、SUPを広めていきたいとはこれまた驚く視点であり、だからこそ隆太さんは浜を使ったスポーツの競技者が増えることも目指しています。そのために現在は、競技ごとに海岸のエリアを決めて、みんなが楽しめるように整備を進めているそうです。

自然も人もありのままになれるSUP

ハワイ発祥で日本では歴史が浅いものの爆発的な人気で競技人口を増やしているSUPは、見どころとなるスポットを巡るクルージングだけではなくフィットネスや、フィッシング、レースなど楽しみ方は様々です。また、SNSなどにアップする若者が多いことから撮影会をメインとしたツアーも急増しています。

では、隆太さんが大島で楽しんでいただきたいSUPはどんな形なのでしょうか。

今は震災前のように戻ったけど、一回無くなった時の、本当の海、自然のままを見てほしいって思っています。全てが便利になってしまっても忘れてはいけないものをSUPから見せていきたいんですよ。

市外の方にはガイドをしながら、気仙沼の海のものの説明をして。地元の方には毎日見ている海だからこそ気づかなかったことを感じてもらって。こんな身近に世界に通用するフィールドがあることを、気仙沼にきてやるからには知って帰ってほしいんです。

撮影会とかじゃなくてね。

「自然の循環」を感じてほしいのだと話す隆太さんは、実は漁師でもあります。ですので、海の中の知識を持ちながら大島の自然だけではなく海産物についてもガイドしてくれます。それに加えて、なんと前職が製氷会社だったことから、漁業の市場の流れや情報がわかり、海と密接な関係を持つ気仙沼の暮らしも伝えています。


隆太さんが撮影したリラックスしてSUPを楽しんでいる参加者たちの様子(画像提供:小野寺隆太)

最初は好奇心で始めてくれて、2回目以降になってくると、「もっと違う場所に行ってみたい」「もっと上手くなりたい」とリピートしてくれるんです。でも、一番多いのは「大島の海が綺麗だからまた来たい」という声ですね。

天候にも左右されるスポーツであるため、もちろん曇りの日や少し海が濁った日にSUPを楽しまれる方もいます。そんな中でも、穏やかな時間の中で感じた海の美しさに魅了された方が「次は晴れた時の景色が見てみたい!」と満足して帰っていくそうです。

また、隆太さんのもとに訪れる方はスマホを置いてネットを遮断して海に入っていく方も多いそう。

震災で一度は何もなくなってしまった大島は、震災前とはまた形を変えながらも変わらず今日も美しく、その美しさは訪れた方の心を癒してくれます。

美しい自然に抱かれながら日頃背負ったものを下ろして、深呼吸しながらありのままに過ごしたい方は、「Oshima Paddle Club」でSUPをしてみてくださいね。

■人物紹介
小野寺隆太(おのでら りゅうた)さん Oshima Paddle Club代表。大島の自然を守る会の代表も務める。P-FIT(ウォーターフィットネス協会)認定パドルフィットネスインストラクター、SUPA(日本スタンドアップパドルボード協会)宮城支部長。「気仙沼旅ガイド KOMPASS」認定ガイドも務めている。そして、時には大島でアワビやウニなどを取る漁師でもある。

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震災後、気仙沼に海水浴場がなく、泳げなかった時に気仙沼の子ども達と訪れたハワイアンカヌーの「OceanVa’a」のDuke金子さんが教えてくれた海の向き合い方が隆太さんの指針になっているそうです。「海は怖くない」と教えてくれながら、漕ぐまえに祈りを捧げる姿から学んだ、ハワイアンカヌーのスピリットが隆太さんのSUPには息づいています。