気仙沼スポーツツーリズム

佐藤慶治さんが広める、学び、承認し合う“生涯スポーツ”で暮らしを豊かにする方法って?

あなたがスポーツと関わりを持ったのはどんな時でしたか?

習い事や体育の授業、進学と共に始めた部活動など。
スポーツとの関わりはちょっぴり強引で、魅力に気づけないまま、苦手意識を持ってしまう人も少なくないはず。

かくいう私もその一人。

しかし「賞をもらった、選抜になったとかではないけど、僕の人生にはスポーツが身近にあった」と話す佐藤慶治さんに出会い、苦手意識が少しずつ解けていきました。

慶治さんは、生涯学習の視点から地域のテーマ型コミュニティを支える一般社団法人little FLAGを設立。そして、「生涯スポーツ」というどんな人にも寄り添い、生活を豊かにするスポーツのあり方を様々な世代に伝えています。

“競技ではなくともスポーツを楽しんでいいんです。実は僕は運動音痴なんですが、誰かと比較するんじゃなくて、自分の物差しでレベルアップする感覚を得たことでスポーツにハマっていって。それに、スポーツを通した“仲間との共通の時間”が一番の価値だと思っています。”

スポーツの醍醐味は競技性だと思い込み、苦手意識をもっていた私には目から鱗でした。

だからこそ、生涯スポーツは苦手意識がある方に知っていただけたらと思います。そして、スポーツとあなたの距離が少しでも縮まり、スポーツが身近にある豊かな暮らしを想像できれば嬉しいです。

[text:平田和佳]

“良いまち”を目指して自分にできることは


大学時に大学生を対象としたツアーを実施した時の様子(写真提供:佐藤慶治)

南三陸町出身の慶治さんは高校生の頃、漠然と大学卒業後は地元で働きたいと考えていたそうです。しかし、震災によって住む家も、まちも、津波に流されて働く意味を見失ったと慶治さんは当時を振り返ります。

それでも、まずは求められていそうなことはなんでもやろうと思い至り、家業の大工仕事を継ぐことを決め、祖父である良治さんにその思いを伝えたそうです。

しかし返ってきたのは「まちの復旧復興には10年かかる。その後の繁栄にはさらに10年かかる。ただ建物を建てるだけじゃ良い町とは呼べない。ここで暮らすみんなが、良いまちだと思ったときに初めて”良いまち”になるんだ。だから、繁栄の10年に力を活かせるように、まずは10年かけて自分が町でやりたいことを探して極めなさい」という言葉でした。

その言葉を胸に、以前から興味があった社会教育、そして気仙沼で学習支援を行っていたNPOへの活動参加から地域教育にも関心を持ち、大学では社会教育学を専攻します。

そこで、生涯にわたってスポーツを通した健康増進や豊かな人生づくりを目指す「生涯スポーツ」に出会います。

自分自身、スポーツをやめるタイミングはたくさんあったけど、今も続けていて、そこから大切な仲間とかけがえのない思い出ができている。これはまさしく生涯スポーツじゃんって気づいたんですね。

それに居心地の良い人間関係とか、まちへの愛着とか、自己肯定感を育めたのはスポーツのおかげで。でも、震災後は公園や今までのようなスポーツ環境がまちになかったような気がして。だったら自分が帰るタイミングでそんな機会をつくりたいと考えていました。


観光協会で実施した「みなチャリ」の様子(写真提供:佐藤慶治)

大学卒業後は南三陸町の観光協会に勤め、まちの資源とスポーツを掛け合わせたイベントやツアーの企画を行います。プライベートでは、生涯スポーツサークル「あくてぃぶ!」の活動を始め、南三陸に住む若者のスポーツを通したコミュニティづくりを実践し始めたそうです。

その後は、気仙沼市にあるゲストハウスとカフェに転職。気仙沼での関わりも徐々に増えていき、市主催のまちづくり実践塾「ぬま大学」への参加をきっかけに「あくてぃぶ!」を気仙沼にも展開していくこととなりました。

スポーツが「ここで生きている」という実感をくれた


ぬま大学のレクリエーションとしてスポーツの場をコーディネートし、会って間もない受講生同士の交流の一助を担った(画像提供:ぬま大学)

生涯スポーツに取り組んでいる人は「自己実現・所属意識から得られる幸福を感じやすい」というデータがあります。だからこそ、生涯スポーツの機会が溢れることは幸福の選択肢が多様にあるとも言えます。

そして、慶治さんの運営するあくてぃぶ!は「ゆるく・楽しく・誰でも来ていい」をコンセプトにし「できる・できない」ではなく、スポーツを通した交流や日々の暮らしの中にスポーツがあることを大切にしています。

生涯学習の魅力は、正解のない問いの答えを他者と共に見つけていくプロセスにあります。そのプロセスの中で、多様な人と出会い、自分の存在が浮き彫りになっていきます。そして、自分と他者との問いの中で、承認欲求を満たしたり、所属意識を得たりしていくんですね。

でもそのプロセスには、問いを出してくれる人や相対評価ではなく個別評価ができる人が必要です。

そして、実は「あくてぃぶ!」では、そんな役割を僕が担っています。

どんな人でも楽しめるように、参加者のゴールをその場にいる全員と体感できるゴールにすり替えたり、関係性の調整をしたりしています。

やっぱり参加者の中には上手な人、興味はあるけどやったことがない人、苦手な人といった様々なレイヤーがあって。そんな中でも、ゴールがぶつからないように、どうやったらみんなが同じ空間、時間を楽しめる関係性になるかを考えて小さい壁を設定しています。

その調整から「あくてぃぶ!」ではいつの間にか、上手な人の良いプレーをするというゴールは”自分が誰かの役に立った”と変わり、苦手な人の上手にやるというゴールは”みんなで楽しくできた”と変化するそうです。「様々なレイヤーの相互作用が上手くいくことで、終わった頃にはみんな楽しかったって気持ちになって帰れるんです。その寛容さは生涯スポーツならではですよね」と慶治さんは笑顔で話します。

上達する実感はスポーツの醍醐味ですが、習熟度がバラバラの中でも、その実感を共有認識として得られて、みんなで楽しめるとは驚きです。


あくてぃぶ!で出会った仲間たちとは活動以外でも集まって交流している。ただご飯を食べたり、ボードゲームしたりと集まった仲間のやりたいことをみんなで楽しんでいるそう。(画像提供:佐藤慶治)

そして、この楽しさがあくてぃぶ!に参加している時だけではないというのも慶治さんが丁寧に関係性を調整している証と言えます。

実際に、慶治さんが参加者にとったアンケートには「この場所が、まちに暮らす上での生きがいになってます」「ここにきたおかげで友達が増えて、暮らすのが楽しくなりました」という言葉がありました。

スポーツを通したコミュニティが居場所となり、より豊かな生活を送って欲しいという慶治さんの願いが届いた瞬間です。

下手くそでもスポーツを楽しめる環境づくり


あくてぃぶ!の活動は屋内だけではなく、屋外でも実施している。この日は2020年に平成の森に芝生が整備されたことから親子でフリスビーなどを楽しんだ(写真提供:佐藤慶治)

今まで運動音痴だと思っていたけど、それはもしかしたらたまたま自分に適したスポーツに出会えてなかっただけかもしれない。それに、スポーツが苦手と感じている人ほど、できるようになる一つひとつに感動できたりするんです。でも、地方には受け皿となる団体はあっても、そこへのアクセスが難しかったりして、機会を届けられないもどかしさがあります。

「好き、やりたい」という思いだけではスポーツに触れられないこと、子どもたちがレベル別にスポーツをできる機会が少ないことなど、スポーツの間口の狭さに慶治さんは警鐘を鳴らします。

また、「あくてぃぶ!」から生涯スポーツの効果を肌で感じる一方で、自分一人で提供できる機会数に限界を感じたそうです。

そこで慶治さんは”生涯スポーツの日常化”にむけて、地域のスポーツ情報の一元化とスポーツの間口広げに奔走し始めます。

情報の一元化については、南三陸町でスポーツの情報のハブになる施設づくりを一から取り組み始めました。そして、地域のスポーツの間口を広げるために「B-SPO FESTA 2022(ビーチスポーツフェスタ)IN KOIZUMI」の企画協力を行っています。


B-SPOの前身イベントの様子。小泉海岸でビーチバレーやフレスコボールなど様々なスポーツを体験できた。(画像提供:佐藤慶治)

B-SPOはスポーツの機会が制限されたコロナ禍で「生きてはいるけど楽しくない」という慶治さんの実体験から、改めてスポーツがくれる力に気づき、2020年夏にかぶとむしサーフショップと協同で実施したイベントから発展しました。

そこから翌年の2021年には、小泉地区の方々が中心となって実行委員会を発足し、イベントを運営しています。

スポーツを楽しむ層を広げていくための機会ではあるんだけど、このイベントができるのって、いろんな団体の日頃の活動がとても重要で。

イベントは、その地に根を張って、スポーツって楽しいよね、大事だよねっていう価値づけをしてきたおかげでできるんです。そんな価値が浸透できてないままだと、イベントをやっても絶対人は来ないですしね。やっぱり日常的な活動と非日常的な活動どちらもないとダメだなって思います。

そして昨年開催のB-SPOで、地域外の団体でも地域のスポーツの受け皿となり得ると気づいたそうです。

来場者は地元の人が多くて。でも出店者さんは市外の人が多かったですね。

地元の人にとっては、聞いたことはあるけどやったことがないスポーツに触れられることはもちろん、すでにやっている人たちがホストになので一層そのスポーツを楽しめるメリットがあります。そしてビーチテニスやビーチバレーといったスポーツががこの浜でできるんだという可能性に気づけます。

市外の人にとっては、単純に自分の活動エリア以外でも面白い場所や仲間を見つけられるのって嬉しいですよね。

そんな事例が生まれていくのもB-SPOの面白さじゃないかなと思っています。

こうやって、スポーツを通して既存の考えをほぐし、大切なものは肯定しあえる関係を、日常的な活動と非日常的な活動から少しずつ育んでいます。そして、「生涯スポーツを通して、人々の選択肢を増やしたい」という慶治さんの願いは、人を集めて居場所をつくり、さらにはまちの新たな魅力をも引き出しています。


あくてぃぶ!では終了後に参加者みんなで記念撮影をしている。この写真がどんなメンバーでどんなスポーツを行ったか思い出させ”また会いたい仲間”へと変化を促していくこともあるそう。(画像提供:佐藤慶治)

生涯スポーツや、慶治さんがつくるスポーツの場が気になった皆様。

気仙沼市内に住む方は「あくてぃぶ!」へ。そして市外の方はこの夏開催の「B-SPO FESTA」へ気軽に遊びに行ってみてくださいね。

それでもまだハードルを感じている方は、まずは慶治さんにおしゃべりしに行くもよし。スポーツをしている人を眺めてみたりでもまたよし。

いつの間にか、あなたも、みんなでスポーツを楽しめるようになっているはずです。

■人物紹介

佐藤慶治(さとう けいじ)さん

南三陸出身。東北福祉大学で社会教育学を専攻し、在学中に地域スポーツの普及率と幸福度の関係性を学ぶためフィンランドへ留学する。学生団体では「大学生向けの被災地ツアー」を実施し、その経験から一般社団法人南三陸町観光協会へ就職。その後ゲストハウス架け橋とカフェのダブルワークの中で居場所づくりを学び、2020年に一般社団法人little FLAGを設立。その他、宮城県フライングディスク協会の理事として三陸地方を中心とした普及活動、日本スポーツ協会アシスタントマネージャーの資格を取得するなど活動は多岐にわたる。

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「気仙沼にはムーブメントを起こす力を持った人がたくさんいて、そのパワーとうねりを見ていると一緒に自分もやりたいと思うんですよね。だから、気仙沼では気仙沼でしかできないことをチャレンジさせてもらっているような感覚です」と、いつの間にか南三陸町と気仙沼市の2拠点をフィールドに持つことになった経緯を話してくれました。2拠点で活動することで違いや共通点を見つけ探り、チャレンジしていくことで、慶治くんの活動はより一層面白いものになっているのだと感じます。また、南三陸、気仙沼と隔てずに三陸全体とみてスポーツの未来を描く姿にしなやかさと強かさを感じました。