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萱岡雅光
萱岡雅光(かやおか まさみつ)1990年生まれ、福井県出身。盛岡市文化財調査員を経て、2014年に就職で気仙沼に移住。現在、リアス・アーク美術館(http://rias-ark.sakura.ne.jp/2/)で歴史民俗資料の担当学芸員をしている。文化人類学/民俗学的手法による祭礼の研究が専門。気仙沼に来てからは養殖漁業や山村の生活文化についても調べている。まちを歩いて古いものを見つけることや、地域のお年寄りから昔話を聞くことが生きがい。
さらに詳しく!気仙沼のカツオの食文化!

気仙沼の市民の方に先生としてご登場いただき、気仙沼の文化や食、慣習などを教えていただくコーナーです!
ます。今回の先生はこれまでも「教えて〇〇先生!」のコーナーでお馴染み「リアス・アーク美術館」で、歴史民俗資料を担当している学芸員、萱岡(かやおか)雅光さんです。よろしくお願いいたします!

今回のテーマは…

みなさん、こんにちは!私は気仙沼にある「リアス・アーク美術館」で学芸員をしている萱岡雅光です。今年もこの「教えて○○先生!」に呼んでいただきました。これから何度かに分けて気仙沼地域の歴史や文化の魅力について、ご紹介していきますので、よろしくお願いします。
さて、今回のテーマは「カツオの食文化」。カツオについては以前の記事でも扱いましたが、今回はより深く掘り下げてみます。ぜひ最後まで読んでみてください!

カツオ節が出来るまで

古くからカツオ漁が盛んに行われてきた気仙沼地域には多種多様なカツオ加工品があります。中でも歴史的/文化的に見て特に重要な加工品がカツオ節です。カツオ節と言っても様々な種類・分け方がありますが、ここでは節の表面にカビを付けたもの(以下「枯節」と呼びます)がどのように作られているのか、その工程を簡単に見てみましょう。
(取材協力:(株)マルヤマ

1.生切(なまきり)


カツオの頭を切り落として内臓と一緒に取り、ヒレを取り除いて身をおろす。

おろした身は煮カゴに丁寧に並べていく。

2.煮熟 (しゃじゅく)


おろした身を入れて重ねた煮カゴを、カマの中で煮る。95度のお湯で約1時間程度。ただし、状況に応じて温度や時間を調整する。湯加減を見極める経験が必要。

3.骨抜き


煮たカツオの身から骨を抜く。身を壊さないように気を付けながら、丁寧に手作業で骨や皮、脂肪などの不要物を取り除き、洗浄する。

4.焙乾(ばいかん)


カマの中で火を炊き、「セイロ」と呼ばれる箱にカツオを並べて煙で燻す。焙乾は何度も繰り返し行い、時間をかけてカツオの水分を抜いていく。焙乾を経て固くなったカツオを「荒節」という。

写真のように手をかざして火加減を確かめることからこの焙乾方法は「手火山式」と呼ばれ、高い技術を要する。手火山式は古くから伝わる方法だが、現在でもこの方法でカツオ節を作っている会社は少ない。

5.日乾(にっかん)

5~6回の焙乾の後、カツオを天日で乾燥させ、さらに旨味を引き出す。日乾の後も再び焙乾して旨味を閉じ込め、またさらに日乾させる。枯節にする荒節をここで選別する。枯節には形が良く、脂が乗りすぎていないものが適している。

6.削り


荒節の表面を整える作業で、「磨き」とも言う。焙乾により荒節の表面に付着した余分なタール分や油分を削り取る。同時に、ざらつきを取って表面を滑らかにする。これによりカビが付きやすくなり、見た目も美しくなる。現在では機械を使って磨くが、かつては手作業で行われ、この作業を専門とする職人がいた。職人たちはカツオの北上と共に、カツオ節産地を渡り歩いたものだった。

カツオ節削り職人が使用した削り包丁。カツオ節の細かい部分を整えられるよう、独特な形をしています。

7.カビ付け


表面を整えた節にカビを吹き付けて、カビ室(むろ)に入れてカビを付ける。このカビは人間には無害なカビで、他の有害なカビの付着を防ぎ、かつ節内の水分や脂肪分を吸出し、節の香味を豊かにする。カビが付いた後は天日干しを行う。このサイクルを数回繰り返す。

8.完成


カビがまんべん無くついた良い枯節をさらに厳選し、商品として出荷する。完成した枯節はまるで優れた工芸品のように美しい。

まだまだある!カツオの美味しい加工品・食べ方

枯節以外にも多種多様な加工品があります。特徴的なものをいくつかご紹介しましょう。(味の感想や意見は私個人の独断と偏見です笑)

1.生利節


カツオ節の工程で行う焙乾を1回から数回行って製品としたもの。荒節よりも水分が多く、いわば半生の状態。焙乾による香ばしさと、閉じ込められたカツオの旨味が楽しめます。工場で食べさせてもらった出来立ての生利節はまるでハムのようでした。身がしっかりしていて食べ応えがあるのでパスタやサラダ、煮物などの具に適しており、様々な料理に使えます。マヨネーズと相性抜群。個人的には細切り大根と合える食べ方が好き。

2.だぶ漬け


カツオを塩蔵した保存食。カツオの半身と塩を交互に桶に重ね入れ、重しを乗せて漬け込んだもの。当然、ものすごくしょっぱいのですが、それだけでなく、漬け込む過程で熟成が進んで旨味が増している(気がする)。血圧が上がると分かっていても、ついつい箸が止まらなくなります…。焼いてお茶漬けにしたり、スープに入れるのもおススメ。かつては気仙沼の各家庭で食されていた庶民的な食べ物でしたが、近年ではあまり見かけなくなり、スーパーやお土産屋さんでも滅多に見ることが出来なくなりました。ぜひ定番商品として復活して欲しいものです。

3.ハラス焼き


カツオのハラス(腹の身)を焼いたもの。カツオの水揚げが盛んな地域ではよく食べられていますが、それ以外の地域ではあまり流通していないのではないでしょうか。ハラスはカツオの部位の中で最も脂が乗っている部位なので、美味しくない訳がない!気仙沼に水揚げされる脂の乗ったカツオのハラス焼きはさらに格別。気仙沼の飲食店で見かけたらぜひ一度は食べてみていただきたい一品です。

番外編:頭の味噌煮


カツオ節工場で出会った衝撃のまかない。カツオの脂と濃厚な味噌との相性が抜群でした。食べ進めていくうちに自分が何の、どこを食べているのかよく分からなくなります(笑)。目の周りのゼラチン質の部分と脳みそ(と思われる)塊がトロトロしていて特に美味しかったです。この地域には私の知らないカツオの食べ方が、まだまだあるのかもしれないぞ、と思いました。

まとめ

いかがだったでしょうか?ここで紹介したものはほんの一部です。他にも、カツオの麹漬や内臓の塩辛、心臓の串焼き、さらには各家庭で受け継がれてきた秘伝レシピなど、紹介しきれなかったカツオの楽しみ方がまだまだあります。このまちでいかにカツオをという魚が愛されているのか、その一端が分かりますよね。「生鮮カツオ水揚げ日本一」のまちである気仙沼に来たら、もちろんカツオの刺身を味わっていただきたいのですが、先人達が工夫を凝らして生み出した多彩な加工品を食べて、文化の奥行きを舌で感じてみるのも、いいかもしれません。
今回の記事は令和4年度企画展「食と地域の暮らし展vol.7 水揚げから食卓まで~水産物の加工と流通~」の内容の一部を再構成したものです。その展示の解説動画をYou Tubeのリアス・アーク美術館のチャンネルで公開していますので、興味のある方はぜひ視聴してみてください!

読むともっと美味しくなる!?気仙沼のカキ養殖

このコーナーでは、気仙沼の市民の方に先生としてご登場いただきます。今回の先生は「リアス・アーク美術館」の、歴史民俗資料を担当している学芸員、萱岡(かやおか)雅光さんです。それでは萱岡先生、よろしくお願いいたします!

今回のテーマは…

皆さん、こんにちは!リアス・アーク美術館の萱岡です。「おかえりモネ」、完結しちゃいましたね~。私は素晴らしい物語を最後まで見ることが出来て良かった、という思いと、終わってしまって寂しい、という気持ちが入り混じって、複雑な気分です…。後半の気仙沼編では市民にとっては見慣れた風景や産業の様子がふんだんに登場し、盛り上がりました。中でも「カキ養殖」は、この作品を語る上で最も重要なキーワードのひとつと言えるでしょう。しかし、ドラマの視聴者の方の中には、カキ養殖とは具体的にどのようなことをするのか、あまりピンと来ないという方も多いと思います。そこで、今回は気仙沼のカキ養殖についてお話します。

気仙沼の「カキ」って美味しいの?

「カキ」といってもいくつか種類がありますが、国内でカキ養殖と言えば一般的に「マガキ」養殖のことを言います。そもそもドラマを見て初めて「気仙沼のカキ」を知ったという方もいるかもしれません。「カキと言えば広島じゃないの?」という声が聞こえてきそうです(同じようなことをカツオの記事でも書いた気がしますが…)。確かに、生産量や知名度では三陸のカキは広島のカキに及ばないかもしれません。しかし、三陸のカキは丁寧に育てられており、特に生食用カキは高く評価されています。カキが苦手な私の地元の友人が気仙沼のカキを食べ、その美味しさに「カキのイメージがひっくり返った」と衝撃を受けていました。

リアスの自然と養殖業

▲三陸の養殖イメージ図(イラスト:山内宏泰)

上のイラストは、三陸地域の自然と養殖の関係を示したイメージ図です。リアス海岸の入り江の奥に形成される汽水域はプランクトンが豊富です。湾奥の海域(内湾)は波が穏やかで、湾口や湾外の海域(外洋)に向かっていくと波が高くなります。内湾と外洋、両方の漁場の特徴を活かした方法で養殖が行われています。当地域は養殖業に適した自然環境にあるのです。

カキ養殖の仕組み

カキ養殖と聞いて多くの方は海に浮かぶ筏をイメージするのではないでしょうか?

▲穏やか内湾に浮かぶカキの養殖筏

確かに、ドラマでもカキ筏で作業をするシーンがありました。木や竹などで筏を組んで海に浮かべ、筏からカキを海に沈めているイメージですね。しかし実は気仙沼の養殖業で主流となっているのは、海にアンカーを降ろしてロープを張る方法です。

▲延縄式によるカキ養殖

 

▲延縄式養殖の仕組みイメージ(イラスト:山内宏泰)

なぜ筏とロープによる2種類の養殖方法に分かれているのでしょうか?それは、養殖施設を設置する海域によって施設を使い分ける必要があるからです。筏は波が穏やかな内湾に適した方法ですが、波が高い場所では壊れてしまうため設置できません。昭和20年代後半に開発された延縄式養殖施設は耐波性が高いため、波が高く潮通りの良い外洋での養殖を可能にしました。現在では、カキ、ホタテ、ホヤ、ワカメ、コンブなどが延縄式で養殖されています。

美味しいカキが出来るまで

①種挟み

カキは夏に産卵し、幼生は海を漂って固形物を見つけると付着し貝となります(種ガキ)。宮城県石巻市の万石浦では、産卵の時期にホタテの殻を海に沈めて幼生を付着させ、種ガキを集めます。当地域ではこれを春先に買い入れ、種ガキが着いたホタテを、縄の「より」の間に挟みこんで海に垂下します。「おかえりモネ」で「みーちゃん」が高校生時代に研究していたのが、この種ガキを外から買い入れずに自分達で採取する「自家採苗」の産業化ですね。

▲垂下縄に挟み込まれた種ガキ。ホタテの貝殻の表面に付着している小さい貝がカキ。これがこれから大きくて立派なカキに育つ。
②すくすく育つ!

カキ養殖では魚のように餌を与える必要がありません。カキは海中のプランクトンを餌にして、ぐんぐん育ちます。とはいえ、ただ放っておけばいいわけではありません。例えば付着生物の処理や間引き、養殖施設の修理など、適正な生育のため様々なことに気を使い、手をかける必要があります。気仙沼の唐桑地域では、カキの成長に合わせて巧みに垂下場所を変え、さらに育ったカキを株の状態から丁寧にバラして育て、最終的にはカゴに入れて潮通りの良い漁場に垂下して育てることで、大きく身入りの良いカキを育てています。このカキは「もまれ牡蠣」という名前でブランド化されています。

②温湯処理

カキに付着して成長を阻害するシューリ貝(ムラサキイガイ)などの付着生物を駆除する作業が、温湯処理(おんとうしょり)です。カキが耐えられる程度の温度のお湯に入れることでカキ殻に付着した他の生物を殺し、カキだけが栄養を独り占めできるようにする作業です。真夏に行う大変な作業ですが、この手間が美味しいカキを育てるのです。

▲温湯処理の様子。びっしりと付いている黒い貝がシューリ貝。温度や時間を間違えるとカキが死んでし まうので、細心の注意を払う。(取材協力:ヤマヨ水産)
③カキ剥き
▲カキ剥き作業。近年担い手不足が問題となっている。(取材協力:戸羽平)

カキは当地域では11月頃から春先まで水揚げされます。殻を剥く作業はムキコと呼ばれる女性の仕事です。外からナイフを刺し入れ貝柱を外して殻を空け、身を傷つけないように剥がします。カキによって殻の形や貝柱の位置なども微妙に違うため、機械ではなく手作業で行う必要があり、簡単なようで難しい「職人技」です。

ちなみにカキと言うと冬の食べ物のイメージが強いのですが、夏の抱卵前にたっぷりと栄養をため込んだ春のカキは一年で最も旨味が強くて最高です!もし食べられる機会があったらぜひ試してみてください!(詳細はこちらの記事を参照:「気仙沼の海のあじ、山のあじ 第7回」記事のリンク)

カキ以外も美味しい!

本記事ではカキを中心にお話しましたが、気仙沼には他にも養殖されている美味しいものが沢山あり、それぞれに美味しさの秘訣があります。ここでは紹介しきれなかった養殖業の歴史や文化、技術についてはリアス・アーク美術館の常設展示で紹介していますので、ぜひ興味のある方はご覧ください!(各種SNSもよろしくお願いします!)

▲常設展示「方舟日記」の養殖コーナー

おわりに

養殖業は、当地域が誇るべき産業です。美味しいカキやワカメは漁師と自然の共同作品とも言えるのかもしれません。それは裏を返せば、人と自然の関係が変わってしまうと成り立たなくなる産業であるとも言えます。本記事では触れませんでしたが、実は三陸地域の養殖業は津波災害を契機に新技術の導入が図られ、変化してきた歴史があります。また昭和40年代には公害により内湾の養殖カキが死滅することもありました。養殖業は人と自然の関係を浮き彫りにしてきたのです。

災害も含め、海、山、そして人が上手に関わり合い、生きていく。人と人、海と山、人と自然が「かみ合っている」。そんな感覚を得られるところが気仙沼というこの土地の最大の魅力であり、目指していくべき未来であると、私は考えています(「おかえりモネ」はこの「かみ合い」を巡るドラマだったと、個人的には解釈しています)。この連載も最後となりましたが、誰かにとって本連載が、気仙沼を訪れ、この土地の何かと「かみ合う」きっかけとなれば、これ以上に嬉しいことはありません。ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。

気仙沼の市民の方に先生としてご登場していただく
「教えて〇〇先生!」シリーズはこちらからご覧いただけます。

https://kesennuma-kanko.jp/category/marumarusensei/

海だけじゃない!「山と生きる」気仙沼の生き方

このコーナーでは、気仙沼の市民の方に先生としてご登場いただきます。今回の先生は「リアス・アーク美術館」の、歴史民俗資料を担当している学芸員、萱岡(かやおか)雅光さんです。それでは萱岡先生、よろしくお願いいたします!

今回のテーマは…

みなさん、こんにちは!リアス・アーク美術館の萱岡です。秋も大分深まってきましたね。私が勤務しているリアス・アーク美術館は山の上にあり、周辺は自然が豊かです。最近、ノギクやハギなど、秋を感じさせる花が見頃を迎えています。花だけでなく、この季節になると周辺の散歩コースにアケビやガマズミの実がなっているのも見ることもできます。子供の頃、オヤツにした思い出がある方もいるのではないでしょうか?実は気仙沼はその市域の多くが山林で占められ、ここに住む人々は古くから多くの恩恵を山から受けてきました。今回はそのほんの一端をご紹介してみようと思います。

ソゾメとホヤ

この時期、山を歩くと必ずといっていいほど見かけるガマズミの実。緑の中でよく目立ち、とても可愛らしい実ですよね。このガマズミは当地方では「ソゾメ」と呼ばれ、道具の材料として利用されてきました。

▲ソゾメ(標準和名:ガマズミ)

ところで先日、「おかえりモネ」で「アワビの開口」のお話が出てきましたね。作中であまり詳しくは説明されていませんでしたが、三陸南部では、長い竿の先にカギを付けたもので、海底にいるアワビやウニを引っ掛けて採る「見突き漁」が盛んです。この漁では舟の上から箱メガネと呼ばれる道具で海底を見て狙いを定めるため、海水の透明度が重要です。また非常に繊細な漁のため、風や波がある時には行えません。作中で海の濁りや風が問題とされていたのは、このためです。「見突き漁」に適した海や天候の状況は限られているのです。

▲アワビを採るカギ。後ろの木の箱が「箱メガネ」(リアス・アーク美術館常設展示中)
▲見突き漁の仕組み(イラスト:山内宏泰)

さて、話をソゾメに戻しましょう。見突き漁と似た漁法で、ソゾメが重要な役割を果たす漁があります。それは「探りホヤ漁」です。探りホヤ漁は岩礁や海底についているホヤを、三つ又のカギをつけた長い竿を使って採る漁法です。

▲ホヤカギ。金属製のカギをソゾメで作った竿の先に括り付けてある。

探りホヤ漁は先に紹介した「見突き漁」に似ていますが、箱ネガネで海底を見ることはありません。見えない海底を経験とカンのみで「探って」ホヤを採る、とても難しい漁です。ホヤは岩礁に根を張っており、それをカギで引き剝がして採ります。そのため竿材には丈夫な上にしなり具合が良いソゾメが最適でした。また、万が一折れてしまった時でもソゾメは真っ二つにならずに裂けて折れるので、カギを海底に落としてしまうことが少なかったのだそうです。漁に使うソゾメは、漁師自身で山に入って適したもの採ってきました。昔は各浜に名人と呼ばれる漁師さんがいて、ソゾメを何本もつなぎ合わせ、20メートル以上もの長い竿を器用に使いこなしていたものでした。

▲ソゾメ同士を結んで継ぎ合せる。

この漁法は難しい上にホヤ養殖が盛んになったことで、現在ではほとんど行われなくなりました。

ソゾメとタコ

▲イシャリ(右)とタココロシ(左の2本)

また、漁師さんに昔の漁業のお話しを聞いている中でソゾメが登場するのが、タコ漁の話になった時です。

写真右のカギのついた道具は「イシャリ」と呼ばれるもので、タコを釣る道具です。平べったい石に木や竹を括り付けてあります。自然の造形を巧みに利用していて、実に美しいと思いませんか?私は何時間でも見ていられます(笑)。このイシャリに餌をつけて海に沈め、上下させてタコを誘って釣り上げます。釣り上げたタコはその場で手早く締めてしまいます。そうしないと、タコが逃げたり、舟に張り付いて取れなくなってしまったりするからです。タコを締めるにはその名もズバリ「タココロシ」という名の先の尖った棒(写真左)で、タコの眉間あたりを突き刺します。このタココロシにソゾメがよく使用されました(※写真のタココロシは残念ながらソゾメ製ではないようです)。このような昔の漁具の多くは漁師さんの手作りでした。山に入って材料の木を選びとるところから、既に漁は始まっているのです。私がこのタコの話を聞いたベテラン漁師さんは「漁師の腕は漁を見なくても使っている道具を見れば分かる」とおっしゃっていました。
「おかえりモネ」でモネのおじいちゃんが「昔の漁師はみんな木に詳しかった」と語っていました。このセリフは「昔は木に詳しくないと漁師になれなかった」と、少し強引ですが言い換えることが出来るのかもしれませんね。

海の産業と木

リアス海岸を有する三陸地域では、海と山が近く、浜でも木材を容易に入手することができました。漁業との関わりを見れば、漁具の材料以外にも、例えばカツオ節など、水産物の加工において燃料としての木は必要不可欠でした(気仙沼とカツオの関係については以前の記事を参照)。

▲カツオ節の燻乾作業。木を燃やした煙で何度もじっくりと燻す。昔はカツオ節工場では山から薪を供給する人を専属に雇っていたという。(取材協力:株式会社マルヤマ)

海と山、両方の恵みの「結晶」と言えるのが、塩です。かつて気仙沼地域には塩を製造する「塩田」が数多くありました。塩田での塩作りでは塩を煮詰めるために大量の薪が必要です。海の近くに豊富な山林資源があった気仙沼は製塩業に適した地域で、江戸時代、伊達藩における重要な製塩拠点の一つでした。村の様子が描かれた文政年間(18181829)の絵図を見ると、山林の所々に「御塩木山」、「御鉄山」などの文字が書き込まれています。製塩や製鉄業に利用するために、山の木が大切に管理されていたのですね。

▲『本吉郡北方赤岩村分間絵図』(部分)。「御塩木山」の文字が見える。

終わりに

気仙沼は「海と生きる」をスローガンに掲げるまちで、「海のまち」のイメージが一般的かと思います。しかし、この地域の歴史や文化を見てみると、人々は決して海だけと「生きてきた」わけではないことが分かります。気仙沼にお越しの際には、ぜひ美しい風景や美味しい食べ物の中に込められている「気仙沼人の生き方」まで感じ取っていただければ、とても嬉しいです。

気仙沼の市民の方に先生としてご登場していただく
「教えて〇〇先生!」シリーズはこちらからご覧いただけます。

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あのシーンを解説!気仙沼のお盆について

このコーナーでは、気仙沼の市民の方に先生としてご登場いただきます。今回の先生は「リアス・アーク美術館」の、歴史民俗資料を担当している学芸員、萱岡(かやおか)雅光さんです。それでは萱岡先生、よろしくお願いいたします!

今回のテーマは…

みなさん、こんにちは!「リアス・アーク美術館」の萱岡です。
前回のカツオに引き続き、気仙沼の歴史や文化をちょっとだけディープにご紹介していきます!今回のテーマは、「気仙沼のお盆」です。

「おかえりモネ」でモネがお盆に帰省し同級生と再会する場面がありました。その際、気仙沼のお盆の風習が登場し、ドラマに深みを与えていましたね。特に「盆舟流し」の場面で、モネのおじいちゃんが海を見つめるシーンは印象的でした。

ドラマを見て、「盆棚って何だろう?」「モネたちが唱えていたあの呪文のような言葉は何?」と不思議に思った方もいるのではないでしょうか?
今回は、劇中に登場したお盆の風習を中心に、「気仙沼のお盆」について解説します。

迎え火の呪文

お盆に帰省したモネが、同級生達と実家で再開し、庭で「迎え火」を焚くシーンがありました。そのシーンで、火の上に足をかざし、何か呪文のようなものを唱えていましたね。あれはどういう意味なのでしょうか?あの時に唱えていた言葉は、

「ヘビ ムカデに かれねえように ど~ごもいでどご ねえように」。
意味は「蛇やムカデに噛まれませんように、身体のどこも痛くなりませんように」といった感じです。

8月13日、あるいは7日に先祖の霊を家に迎える目印として焚く火を「迎え火」と呼びます。気仙沼では迎え火は麻の茎に硫黄を塗ったもの(ラッツォク)に火を点けて焚きます。
ラッツォク(ラッチョクとも)

この際、足を火や煙にかざすと蛇やムカデなどに噛まれないとされており、その願いを込めてあの言葉を唱えるのです。この風習は、迎え火を炊く時に行う家と、8月20日に行う家、8月30日に行う家などがあるようです。

また、ラッツォク自体を燃やさない家、ラッツォクは燃やしても唱えごとはしないという家があります。現在、唱えごとをする家は気仙沼市の北側に位置する唐桑地域に比較的多いようです。

気仙沼盆棚事情

劇中では、モネが登米から持ち帰った組手什(くでじゅう)で盆棚を組み立てていました。お盆には、その家の先祖の霊が家に戻ってくるとされています。盆棚はその帰ってきた先祖の霊を祀るための祭壇です。

▲フシグロセンノウ。この花を教えてくれた人の家では、盆花と果物(アケビなど)は買わずに山から自分達で採取してくるという。

盆棚の上には先祖の位牌、団子、果物などを乗せます。また、キク・オミナエシ・ミソハギ・フシグロセンノウなどの花を飾ります。供物や盆花の種類や配置も家によって伝えてきた決まりがあるようです。
当地方では神棚と仏壇が設置される部屋を「オガミ」と呼びますが、盆棚は盆の期間中、「オガミ」に設置され、盆が終われば解体されます。

お盆の風習は地域、そして家によって本当に千差万別。同じ気仙沼市内でもその家によって伝えられてきた風習が異なります。市内のお宅の盆棚をちょっと覗いてみましょう。

この家の盆棚は1段のタイプで、段の上に位牌と供物を一緒に乗せています。左右に笹を飾り、その笹を昆布で盆棚にしばっています。モネが登米から持ち帰った組手什で組んだ盆棚はこのタイプでした。

一段タイプの他にも、階段状に何段かある盆棚もあります。モネのおじいちゃんが最初に組み立てようとしていた古い盆棚は、そのタイプかと思われます。


この家では、盆棚を庭に向けて設置します。気仙沼の「オガミ」の部屋は、ほとんどの場合は庭に面しています。この家では「オガミ」の障子と縁側の戸を空けて先祖の霊が庭から入ってこられるようにしている、とのことでした。

盆棚には毎朝手を合わせます。この家の盆棚はとても豪華ですね(写真の奥に見えるのが「オガミ」に面した庭)

お墓参りに動物ビスケット!?

これは盆棚への供物ではないのですが、お盆のお墓参りにおける変わった供物として、動物の形をしたビスケットがあります。ちょうどこの時期になるとスーパーで山積みの状態で売られているのを見ます。この風習がいつ頃から、なぜ気仙沼で広まったのかは、よく分かっていません…。とても不思議です(ご存知の方がいたら美術館にご連絡ください)。

ちなみにお墓には動物のビスケットの他に果物の形をした砂糖菓子、そしてナスとキュウリを賽の目状に切って米と混ぜ、お茶をかけたもの(「オショウコウモノ」などと呼ぶ)を供えます。

▲お墓の供物。気仙沼では14日の朝にお墓参りをする地域が多い。
▲動物の形をしたビスケット。気仙沼特有のお菓子ではないのだが、お盆に欠かせない供物となっている。ちなみに静岡県の一部では節分に同様のビスケットを撒く風習があるらしい。

盆舟流しと「海」

ドラマでは、お盆の最後に盆舟を浜に持って行って海水に浸し、お焚き上げをするシーンが描かれていました。盆舟流しはお盆に帰ってきた先祖の霊を舟に乗せて送り出す風習で、8月16日の朝に行われます。

▲盆舟。舳先を昆布で縛ってある。

盆舟には「カカンジョウ」と呼ばれる札(お寺から配られる)の他、あの世へのお土産として供物の一部を乗せます。昔、盆舟は手作りで、麦藁やマコモなどで編んだものでしたが現在はスーパーマーケットなどで既製品を買ってきます。

盆舟を海に流した後、泳いで追いかけて供物の果物などを食べるのが子供達の秘かな楽しみだったとか。この思い出を聞いてみると、地域のお年寄りの方々は本当に楽しそうに生き生きと話してくれます。
カカンジョウ

現在では環境に配慮して、盆舟は海や川に流さないことにしています。しかし、流すことが禁止された現在でも、送り盆の朝には家族全員で浜に降り、盆舟を海水に浸して流したことにして、先祖の霊を海の向こうの「あの世」へ送り出している家もあります。例え流すことが禁じられたとしても、せめて形だけでも、大切な人達の霊を海から(あるいは海へ)送りたい…。いかにこのまちにとって海が文化的、精神的にも特別な存在であるかが分かります。

▲盆舟流しの様子。16日の朝に家族全員が浜に降り、盆舟を海水に浸してから、拝む。

この16日の朝、気仙沼を出ていた若者達が帰省して久しぶりに浜で同級生と再会し、「元気にしてる?」なんて語り合っている光景はこの地域ならではの夏の情緒を感じさせます。

終わりに

いかがだったでしょうか?
ここで紹介した内容は、皆さんの住んでいる地域と同じ風習、あるいは違った風習があったと思います。本当はまだまだ紹介したいことがあったのですが、あまりにもディープになりそうなのでこの辺で(笑)。近年は少しずつお盆の風習も簡略化されたり、省略されたりしていますが、気仙沼にはまだまだ古い風習や言葉、文化が生活の一部として残っています。
観光で文化施設や寺社仏閣などを訪れ、目に見えて特徴ある「文化」を体感するのもいいですが、ここで紹介したような、そこに生きる人々の「当たり前」の暮らしぶりや「生き方」など、目に見えない「文化」に注目してみると、より深い地域の魅力が見えてくるかもしれません。

気仙沼の市民の方に先生としてご登場していただく
「教えて〇〇先生!」シリーズはこちらからご覧いただけます。

https://kesennuma-kanko.jp/category/marumarusensei/

気仙沼人のソウルフィッシュ!カツオの歴史と文化について

このコーナーでは、気仙沼の市民の方に先生としてご登場いただきます。今回の先生は「リアス・アーク美術館」の、歴史民俗資料を担当している学芸員、萱岡(かやおか)雅光さんです。今回のテーマは、気仙沼人にとって最もなじみの深い魚と言える「カツオ」の歴史と文化について。
それでは萱岡先生、よろしくお願いいたします!

気仙沼といえば…

みなさん、はじめまして!私は気仙沼にある「リアス・アーク美術館」で学芸員をしている萱岡です。地域の歴史や文化を調べたり記録したりして、展示等を通して人に伝えるお仕事をしています。よろしくお願いします。
「おかえりモネ」を見て「気仙沼のカキ、食べてみたいなぁ~」と思った方も多いのではないでしょうか?気仙沼のカキは本当に美味しいです。しかし、「地元目線」で気仙沼の水産物を語るならば、これからの時期に絶対にチェックして欲しいものがあります。

▲気仙沼のカツオの刺身
▲イラスト:山内宏泰(以下同様)

それは、カツオです!気仙沼のことをよく知らないという方にとっては、あまりピンとこないかもしれません。「カツオと言えば高知県じゃないの?」という声が聞こえてきそうです。でも実は、生鮮カツオが日本で一番水揚げされているのは他でもない、ここ気仙沼なのです。しかもこの日本一の記録は24年連続で破られていません!今回は気仙沼とカツオの関係について、歴史や文化に触れながら紹介してみます。(気仙沼のカキ養殖についても、後に取り上げる予定ですので、お楽しみに!)

どうしてカツオが気仙沼で獲れるの?

カツオは南の温かい海域で産まれ、春になると暖流である黒潮にのって北上し日本の太平洋側近くを通ります。この時に獲られたカツオが初夏から旬を迎える「上りガツオ」です。北上したカツオは餌が豊富な三陸~北海道沖でたっぷりと餌を食べ脂肪を蓄えると、秋には南下して帰ります。これを「戻りガツオ」と呼び、秋に旬を迎えます。気仙沼はちょうどカツオの回遊する良好な漁場が沖にあって、さらに南下し始めて間もない脂の乗ったカツオを新鮮な状態で水揚げできる場所に位置しているのです。

気仙沼とカツオの歴史

カツオが気仙沼にとって重要な魚となった転換点の一つが、カツオ一本釣り漁との出会いです。唐桑半島の鈴木家に伝わる古文書には同家の勘右衛門が江戸時代の延宝3(1675)年に紀州(現在の和歌山県)の漁師を呼び寄せ、地元の漁師にカツオ一本釣り漁を習得させたことが記されています。これが気仙沼地方におけるカツオ一本釣り漁の始まりと考えられています。地元民からは反対の声もあったようですが、それでも地域を潤すためにと新技術を積極的に導入した勘右衛門さんは、先見の明があったと言えるでしょう。

そうしてカツオは気仙沼の名物となります。天明年間(1781年~1789年)に気仙沼を訪れた知識人達は港の活況ぶりや、カツオ漁の巧みさ、立派なカツオが安く売られていることなどに驚き、その様子を書き残しています。

どのように獲っているの?

ここでは一本釣り漁について説明します。カツオ一本釣り漁はカツオの群れを見つけ、カツオの餌である生きイワシを撒いてカツオを寄せてから釣竿一本で釣り上げる、勇壮な漁法です。生餌だけでなく疑似餌(バケ)も使用されます。

この疑似餌の特徴は、返しが付いていないことです。かつてカツオの多くはカツオ節に加工されましたが、身の傷んだカツオは煮上げた際に崩れてしまいます。そのため、身を傷めないように釣り上げたカツオを左の脇の下に抱え、手で針を外していたのですが、釣り針がすぐに抜けるよう返しのない針が使用されてきたのです。昔、疑似餌は鹿角や鳥羽などを使い、漁師各自で工夫して自作したものでした。

現代ではカツオ節への加工は主流ではなくなってきましたが、一本釣りで獲られたカツオは魚体に傷みが少なく、新鮮なまま冷やされて港まで運ばれるので本当に美味しいです!

カツオと精神文化

気仙沼にとってカツオは、経済面だけでなく文化面においても大切な存在です。唐桑地区では、小正月に子供達がカツオを模した作りものや魚の形をした切紙を各家に配って歩く年中行事があります。これはカツオ大漁の様子を模したもので、カツオ大漁を祈願する行事です。さらにカツオの大漁時などに唄われた「大漁唄いこみ」も伝統芸能として唄い継がれており、カツオがいかにこの土地にとって大切な存在であったかが分かります。

▲カツオを模した作り物。子供達が各家に配り歩いた。この行事は現在行われていない。(リアス・アーク美術館 常設展示中)
▲「大漁カンバン」:大漁を祝って船主から船員に配られた特別な晴れ着。カツオの絵が描かれている。(リアス・アーク美術館 常設展示中)

カツオと生きるまち

気仙沼ではカツオを無駄なく、より長く、そしてより美味しく食べるため、昔から様々な工夫がされてきました。

▲カツオ節の日乾作業(昭和後期 気仙沼市浪板地区)

実は、現在気仙沼にカツオを水揚げする船のほとんどが気仙沼の船ではありません。カツオの流通、加工、消費の体制や技術が、長い歴史の中で整えられているからこそ漁師さん達はこの気仙沼を選んでカツオを水揚げしてくれています。市場関係者、箱屋、氷屋、造船所、漁師さん達をもてなす飲食店など、カツオ漁を支える人達が大勢いて、まちが回っています。気仙沼ではカツオが「文化」として根付いているのです。

おわりに

ごくごく簡単に、気仙沼とカツオの関係について紹介してみました。カツオの季節が来ると新聞は連日のように水揚げ状況を報じ、SNSはカツオの投稿写真であふれかえり、人々は刺身の脂の乗り具合で、季節の移り変わりを舌で感じます。 カツオは歴史的・文化的・精神的に気仙沼にとって重要な魚なのです。まさに気仙沼人の「ソウルフィッシュ」。

気仙沼戻りがつお宮登
▲脂ののった戻りガツオ!

私は気仙沼に来るまで、生のカツオはタタキでしか食べたことがなかったのですが、気仙沼で脂の乗った戻りガツオの刺身を食べた時、あまりの美味しさにショックを受け、それ以降私の中の「ごちそうランキング」が完全に塗り替えられました。これからの季節、気仙沼に来るという方はぜひカツオを食べてみてください。その時、この記事で紹介したような、歴史や文化、カツオ漁に関わる沢山の人達のことを少しでも思いながら食べていただくと、より一層美味しくなるかもしれません。

気仙沼の市民の方に先生としてご登場していただく
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